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産婦人科さまへ
   

谷藤里絵 (たにふじ りえ)/1977年生まれ/長崎出身/B型
株式会社ビューティクル 代表取締役
小5、小3の姉妹の母 (2011年現在)


私にとって出産は人生の転機でした。
環境の変化によって心頭体ともに良くも悪くもなってしまう産後は、女性にとってビックチャンス。ビューティクルを通じて次世代を担う子供たちの為にも「母」である女性が元気&笑顔でいられるようサポートして参ります。



10代の夢といえば“23歳~24歳の間に結婚し、悠々自適の専業主婦生活”が夢でした。

雲仙普賢岳噴火の影響で行きたい学校に行けず、制服が可愛くて、家から近い高校を選び入学。
父親の転勤により高3で佐世保市の高校に転入。

高校卒業後、ハウステンボスの免税店や福岡市内のアパレルショップスタッフとして販売職に就く。
自分のやりたいことが見つけられず、自分の人生から逃げてばかりの毎日でした。中途半端で、誰かのせいにして、ネガティブ思考で人間関係にも嫌気がさしていたプチ鬱の10代後半から20代前半を過ごしていました。

誰よりも専業主婦を夢見ていた若き時代です。





主人の母に反対されながら23歳の誕生日に入籍。

福岡と東京で 二回の結婚式を挙げたけれども、東京での結婚式は高熱にて記憶がほとんど無いに等しい。

主人の仕事柄転勤が多い為、職場を退職し憧れの 専業主婦生活がスタート。

当分は子供も作らず二人の時間を楽しむ つもりで旅行など計画した途端、まさかの妊娠発覚。



 

妊娠を喜び、家族が増える楽しみでいっぱいの中、ここでもまさかの「切迫早産」と診断され、即24時間点滴の絶対安静入院。33週で1770gの未熟児の第一子を出産。

第二子出産の際も子宮口を縛る手術を行い、更に絶対安静の入院生活を余儀なくされる。

出産後、NICUに入院中の子供の為に小児科の医師には「毎日母乳を飲ませに通って下さい!」と言われる反面、産婦人科の医師には「とにかく家で横になった安静生活を送ってください!」と真逆な事を言われ、思い通りに動かない体の苛立ちもあり医師にチョイギレしたことも。

寝たきり入院生活だった為に脚力は落ち10m歩くのもやっとで、2001~2005年はボロボロの体を引きずりながら家事、育児、嫁、妻をこなす。

 











そんな中、「なぜ私が入院?健康なのになぜ?私は誰の為に生きてるの?神様の意地悪~」と得意の「何のせい?」が炸裂し自問自答の日々。


出産後に悩んでいるのは自分だけではないのではないのか?と産後の心と体について情報収集しても産後の事はほとんどなく撃沈。

だったら自分で構築しよう!と次女が幼稚園に入園したと当時に行動開始。

幼稚園の預り延長システムをフル活用し、妊娠中、産後の心頭体についてとにかく勉強の日々。
子供たちの預り保育が嫌だ!の声に耳を塞ぎ、約二年間、沢山の人の協力を得て勉強に没頭。

出産して、子供というかけがえのない存在が増えたことで「人の為にできる仕事」を見出す。人が喜ぶことがしたい!
笑顔になる姿が見たい!自分の潜在意識がフツフツと浮上し中学デビュー、高校デビューらしからぬ出産デビューを果たす。




勉強中はNPO団体に所属し、産後ケアのインストラクターとして活動。

出産した女性がみるみるキレイになり、不調も消え安堵した顔、「本当に良かった有難う☆」の声を頂き、新たな事にチャレンジしてイキイキしている女性を見ていたら、もっと先の支援もしたいと思い至る。

団体を卒業し、キャリアカウンセラー養成スクールに通学しながら、体や食の事、病気や薬の事、コミュニケーションの事を学びながらフリーで一年間活動。

その後2010年5月に株式会社ビューティクルを設立。




専業主婦を夢見ていた私が、実際に専業主婦になり「自分」という存在が見えなくなった時、自分の居場所をしっかり持たなければ!と焦りました。

次女を出産してすぐ二世帯同居がスタート。
嫁姑問題で悩み、「もう無理ここでは生活できない、自分が壊れてしまう、離婚した方がいいかも」とよぎりました。

主人に不満があったわけではなく、置かれている環境に限界を感じたのです。
離婚は簡単な事じゃなく、子供の問題、生活資金、住む場所の事など、ちょっと考えただけでも沢山の壁が立ちはだかりました。

結局すぐに離婚できるわけがなく、もう少し我慢して経済力を身に着けようと思ったのが仕事をしようと思ったきっかけ。

稼ぐならやりたい事でと考えた結果、偶然にもやりたい事が見つかり色々と学ぶうちに、離婚がよぎったのは産後の環境と脳のメカニズムによるものだという事がわかりました。
いろんな人の協力を得て感謝の気持ちも湧き、なぜ離婚しようなんて思ったのか不思議になるくらい落ち着きを取り戻しました。

しかしながら当時も今も、私の仕事を一番に応援してくれる良き理解者は姑でした。それは今も同じです。
姑がいなかったら今の私はいないと思います。

当時の私みたいにもがいている人を助けたい、背中を押したい、導いてあげたいという思いの強さは変わりません。
自分が素で打ち込める事、仕事、趣味、ボランティア、何でもいいので出産した女性には自分だけの世界、できれば社会人として認められる喜びを感じてほしい。それが私の願いでもあります。

そうすると色んな事がちっぽけで気にならなくなるから。今日の自分より、更に明日の自分を好きになるように☆☆

わたしたちは、出産した女性が快適に過ごせるよう、無償で産後ケアサービスを提供できる仕組み作りを行っています。みなさまのご支援どうぞよろしくお願い致します。

(株)ビューティクル 代表取締役 谷藤里絵